○フレスコ画の歴史(略史)


最も古いフレスコ画は、中部トルコのアナトリア地方で紀元前数千年のフレスコ画あったといいます。また、紀元前18世紀のフレスコ画が、」クレタ島のクノッソスから発見されています。これはミノア期の作品で、ブオン・フレスコであるとも、乾燥した漆喰壁にカゼインをもって描かれたセッコ技法が使われていたともいいます。顔料は、周辺の土地で採れる天然の材料が使われました。
エジプトでも、乾いた漆喰壁にバインダーをもって描かれたセッコ技法の壁画が数多く作られました。
フレスコの優秀な作品が大量に発見されているのは、紀元79年8月24日のベスビオス火山の噴火によって街ひとつが瞬時に埋められてしまったイタリアのポンペイです。ポンペイの磨き壁は謎が多く、非常に洗練された技術とされています。
紀元前8世紀から紀元前1世紀頃までのエトルクスでは、ギリシャ文明の影響を受けた多くのフレスコ画が残されています。現在は、墳墓の中だけに見ることができます。
紀元前2〜3世紀のフレスコ画は、ポンペイ以外にもモルガンティ−ナやフレゲッラエ、プラエナステ(現パレストリーナ)などに見られます。この時代のフレスコは純粋なフレスコ技法(真正フレスコ)で、その後の時代の作品と比べても技術的水準が高くその優れた処方は現在でも解明されていない部分が多くあります。
その後、フレスコの技法は室内装飾の手段として一般的になっていたようですが、絵画作品として優れたものが現れるのは中世末期からルネッサンス時代を待たねばなりません。主な作家を並べれば、

ジョット (1266? 〜1337)
フラ・アンジェリコ (1387? 〜1445)
マサッチョ(1401〜1428)
ピエロ・デラ・フランチェスカ (1410?〜1492)
ミケランジェロ (1475〜1564)
ラファエロ (1483〜1520)
ティエポロ (1696〜1770)

ど、テンペラや油絵でも聞き及んだ作家がフレスコの大作を教会などに遺しています。
その後、テンペラ画や特に油彩画の発達によって表現手段としてのフレスコは絵画の主流から外れることになりますが、建築物との関連でモニュメンタルな作品などには、その後もフレスコの技術が続けられています。また、小さな作品でも、フレスコのもつ発色の強さと美しさが作家の心を捉え、現在でもこの技法を用いて制作を試みる作家も存在しています。
日本では、絹谷幸二氏が蛍光色をも使った激しい色彩のフレスコ作品を発表しています。


最後に、フレスコという技法を意識した訳ではないのでしょうが、およそ20000年前の洞窟に描かれたラスコーやアルタミラの壁画も天然のフレスコ画と見ることができます。鍾乳洞の壁面が、生乾きの漆喰壁の役割を果たし、長年月を経ても描いた時のままの色彩で我々に祖先の感動をそのまま伝えています。

ラスコー:天然のフレスコ画

エジプト壁画:フレスコ・ア・セッコ?

最も進んだポンペイのフレスコ画

マサッチョ:ルネッサンス

絹谷幸二


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