アーティストトークvol.1          
  エムナマエ 情報提供・協力
有限会社クレオ-ル

著作物 展覧会
エムナマエ
 

 いつか誰でも壁にあたる。  そしてドラマがそこから始まる。
 ぼくの場合、壁は失明という出来事でした。画家であったぼくが失明する。でも、その絶望的な状況にありながら、どこかでワクワクしている自分がいたのです。  
 目の見えなくなった自分が、どんな未来を開いていくのか。  
 このドラマのプロデューサーはぼく自身です。でも、まだシナリオは決まってはいません。そして、ドラマは意外な方向に展開していったのです。絵筆を捨て、文筆をとったぼくが、まさか再び絵筆を握るとは。  
 これは誰も考えなかった、ぼく自身にさえ予想もつかなかった物語の始まりでした。  
 ぼくは妻の顔を知りません。失明後に出会ったからです。  
 ある日、ひょんなことから彼女の前で絵を描くことになりました。 うまく描けるだろうか。そう思いながらも、ぼくは一気に鉛筆を動かしたのです。
 ぼくには見えない絵。ぼくには意味のない絵。
 それが突然、考えられないような価値を生んだのです。彼女が喜んでいる。ぼくの絵に感動している。それがきっかけでした。  
 意味を与えられたぼくの絵たちは、一斉に花を開いたのです。見たことのない妻の顔も描きました。そして、その絵は彼女に似ていたのです。  
 それ以来、ぼくは絵を描き続けています。展覧会。絵本や画集の出版。賞もいただき、画家としての市民権も認められました。でも、見えないぼくに絵を描かせている力。それは、どこからくるのでしょう。妻の素直な喜び。観賞者の感動。誰かに喜んでもらえる。その幸せがぼくに絵を描かせているのは間違いありません。でも、見えないぼくが、まるで見えているように絵を描いている。この事実はそれだけでは説明できません。もしかしたら、人間の無限の可能性を示すため、大いなる力が働いているのかもしれません。  
 ぼくの願いはひとつだけです。いつか誰かが壁にぶつかったとき、ぼくの仕事を思い出してほしい。人間の本当の力は挑戦から生まれるということを。

  「ぼくには見えない絵」エム ナマエ


プロフィール   トピックス
プロフィール   トピックス

  全盲のイラストレーター エムナマエ。彼が若年性糖尿病による失明宣告を受けたのは35歳の時でした。当時売れっ子のイラストレーターとして活躍していた彼にとってそれはすなわち「死刑宣告」を意味し、まさしく「絶望」の日々を送ったといいます。そして宣告通り37歳にして、完全失明。加えて、糖尿病の悪化による人工透析の開始。2重の障害を抱える身になったのです。
  現在彼は、日々創作に、講演に、と多忙な毎日を送っています。今彼の隣には、いつも変わらぬ笑顔で彼を支える愛妻の"こぼちゃん"と盲導犬の"アリーナ号"がいます。一度は絵を描くことは諦めて作家として活動していた彼が再び絵を描くことになったのは、この"こぼちゃん"との出会いがありました。彼女は彼が人工透析を受けている病院の看護婦さんだったのです。失明後の出会い、そしてたくさんの祝福を受けての結婚。「皆さんへのお返しに絵を描いてプレゼントしたら?」この一言がきっかけで描いた絵は、こぼちゃんにも祝福に訪れた人にも大好評。絵描きが自分が描いたものを見られないのに描くということはありえない。それは技術の問題ではなく、「動機(モチベーション)」がないから。そう思っていた彼にとってこの日が新たな出発の日となったのです。
  純粋に「喜んでくれる人のために」描く。
  「絶望しそうになったとき、どうぞ僕の本を開いて下さい。」この言葉が彼の創作活動に対する理念となっています。 「全盲のイラストレーター」:不可能な組み合わせの存在として、あえて彼はそう自称しています。決して同情の対象を意味しているのではなく、人間の可能性をアピールしているのです。
 
  「これは天使が描いた絵だ。」ある画家がエム ナマエの作品を見てつぶやいた。 彼は決して他人の作品を誉めたことがない。その彼の最大の賛辞であろうこの一言は、人間にはこんな絵が描けるわけがない、ということを意味する。そうでも思わないと、この技術を超越した作品の存在を納得できないのであろう。

  彼の作品に囲まれている時に感じる至福。ひとつひとつの作品が放つあたたかくそして清らかな光によって、その場にいる人々は限りなく癒されていく。私たちはこの奇跡の画家エム ナマエと同時代に存在していることに感謝しつつ、できるだけたくさんの人々とこの幸せを共有したいと願っています。
〜エムナマエのオフィシャル・ホームページへはこちらから〜